鍼灸のルーツ
鍼灸は、東洋が誇る医療技術の一つで、既に紀元前には中国において活用されていました。その後の長い歴史において絶え間なく進化し医学体系として確立してきたものです。
ただ、鍼灸とは何かを明確に答えられる人は、ほとんどいないのではないでしょうか。こうした現状に鑑み、改めてご紹介したいと思います。
これを通じて、鍼灸がどのような医療技術で、現在いかなる状況に置かれているのか、イメージではない本当のその姿を知っていただければ幸いです。
鍼灸というと、一般には患部に鍼を刺して刺激を与えるぐらいのイメージしかないかと思いますが、実は鍼灸の治療法は、中医学と呼ばれる学問において精密に体系化された理論により支えられています。しかも現在の中医学は、中国の伝統医学を基本としながら、3000年の歴史を通して切磋琢磨され、世界が共通して認める東洋医学として確固たる地位を確立しています。
中医学理論に支えられた鍼灸の治療
中医学では、中医学理論によって証(身体の総合的な診断結果)を立てます。証は、一つ一つの症状や病名ではなく、現在の病態の原因・発展メカニズム、体質を含めたあらゆる角度から分析した身体の総合的な状態をまとめて表す言葉です。
このような総合的な身体の状態である証に基づいて、治療を施すことになるわけですが、このことを中医学では「論治(正確には中医学弁証論治)」といいます。
中医学においては、診断が下された後の実際の治療は、主に外側から治療してゆく「鍼灸治療」と、内側から治療してゆく「湯液治療」によって行なわれることになります。
湯液(中薬)とは、中国伝統医学で使っている薬のことで、大部分は自然物、つまり天然の生薬です。またこの中薬を中国より受け入れ、日本の現状に合わせて発展してきたものが、「漢方薬」です。
鍼灸の配穴、中薬(漢方薬)の処方は、個々の症状に依って治療を行うのではなく、中医学理論を用いて証を立て、その証に基づいて治療を行うことになります。
中医学では頭痛という同じ病名や症状でも証が異なれば、治療方法も一人一人異なります。すなわち病名や症状に対して治療を施すのではなく、証に対して治療を行うのです。証とは個々の状態を様々な角度から総合的に分析した結果です。 だから、対処的な治療では改善出来ない様々な病態を、根本的に改善が図れるのです。
痛いところだけにさす鍼は対処的な治療になります。
本当の鍼灸とは中医学理論により、総合的な身体の状態である証「中医学弁証論治」に基づいて行うものです。
鍼灸治療と湯液(漢方)治療は、幅広い疾患に対して根本的な改善が可能です
鍼灸治療と湯液治療は、アプローチの仕方が異なるだけで、基本的には得られる治療の効果はほぼ同じです。
もちろん、直接刺激する鍼灸が優位な疾患も、湯液が優位な疾患もあります。
それぞれ使い分けるのです。両方合わせた方が有効な場合は、鍼灸治療と湯液治療を合わせて行うことで、最も効果が得られるかたちになります。
中薬では中薬のさじ加減、鍼灸では手技力にかかっています。個人の技術や知識、経験によるところが大きく、当院の25年に及ぶ「経験」がしっかりとした証立てと鍼灸治療をささえています。
鍼灸の本当の効果
鍼灸の醍醐味はダイナミックな体質の根本改善にあります。単に刺激療法ではありません。残念な事に現在の鍼灸治療は、部分的に鍼をし、筋肉の緊張を緩和させる働きだけのように捉えられがちです。
いまだに多くの施術者が、私がかつてそうだったように「筋肉に対しての鍼」だけに留まっているからです。これでは運動器系疾患の改善にとどまります。
痛いところに鍼を刺すだけが鍼灸ではありません。確かに鍼灸の特徴として鍼を刺したところ、すなわち局所に顕著な効果を現すことは確かです。しかし、鍼の作用は顕著な局所作用だけでなく、身体の体質そのものを根本的に改善し、健康に導く作用こそが鍼灸の醍醐味なのです。
鍼灸は3000年の歴史を持つ中医学理論に基づいて処方されるものです。中医学理論によって証を立て、証に対して治療を施すのです。その知識、技術を備えたものが本当の鍼灸であり、世界レベルの東洋医学です。
鍼灸の持つ特別な効果は以下のように人間の身体を本当の意味で健康に導くことです。
鍼灸は身体の一人一人の状態を見定めてベストなコンディションに持っていく事が最も基本の前提にあります。
中医学弁証によって個々の体質や病態をあらゆる角度から細部にわたって分析すると、現代医学の検査では何も異常が出ないような病態でも現在の体質を含めた健康状態を分析できるのです。
身体の状態を本当に診ることができる、中医学を修めた鍼灸師に診てもらうことをおすすめします。
鍼灸治療で根本的な体質の改善を図り、真の意味で健康で幸せな生活を送って欲しいと願っています。
鍼灸の可能性
一、健康に導く
鍼灸を行うと、快眠・快食・快便になります。足腰が強くなります。頭をクリアにし気持ちを元気にさせ、身体のコンディションを整えることができます。
鍼灸は、調子の悪いときだけに行うのではなく、健康を維持・増進するために継続的に行うものです。鍼灸の効果が最も発揮されるのです。
何故ならば、健康の三大条件が快眠・快食・快便だからです。誰しも生きている間、健康で長生きしたいものです。私たちの願いは、生きている間、寝付かずに自分の足で歩き、自分のことは自分でしたいのです。
例え60歳を過ぎても、気高く尊い心の老人になり、若い人達から生きていて欲しいと望まれるように自分を作り上げることが、本当の意味の健康法です。
二、病人を治す
中医学の知識を臨床に応用すると疾病の根本改善が図れます。中医学では病気をただ診るというより、「病人を診る」という考え方に立っています。
ですから疾病の原因を生活習慣と本人の思考、感情などのメンタルな部分、労働や精神の過剰刺激や老化などあらゆる角度からみていきます。この点が大きく西洋医学と違うところであり、中医学では心の健康も身体と同じように大切に考えています。
三、鍼灸治療の主な効果
鍼灸はこれからの私たちの医療に最も貢献できる一つになることは間違いありません。主な効果は以下のようなものです。
- 中医学による鍼灸治療は対象疾患の幅がとても広く、日常の風邪からアレルギーや難治疾患まで、且つ、どの疾患に対しても改善のための高度な専門知識を兼ね備えています。
- 運動系疾患だけでなく内科、婦人科、循環器科、心療内科などの疾患にも幅広く対応する事ができます。
- メンタルな部分ではイライラ、落ち込み、憂鬱、集中力がない、ストレスの解消などの治療が確立されています。ストレスから来る自律神経失調症や神経症などの精神疾患にも専門に対応する事ができます。
- 検査では異常はないが体調が優れない(慢性疲労、倦怠感がとれない)などの症状に対しても根本改善が可能です。
- 未病(病気になる前)のうちに疾病になる原因を見つけて改善し、重症化を防ぎ、病気を未然に予防することができます。
- 中医学による鍼灸治療は、心と身体の全体の状態を整え、ベストコンディションに導き、健康を維持増進することができます。
- 現代医学で治りにくいとされるアレルギーや頭痛などの慢性疾患なども根本的な改善を図れます。
さらに美容の分野でも、美容鍼灸として美容の分野にも大きく貢献できます。アンチエイジングの効果で若さを保つことができます。心と身体の健康、若さは何より自信に繋がります。
このように中医学弁証論治で証立てを行い、その後の治療として行う鍼灸治療は、さまざまな効果を発揮します。
中国における中医学では、証立てにより、鍼灸・中薬による治療が行われています。
そこでは、鍼灸治療学や方剤学を学ぶのですが、治療方法が決定されるまでの証立てが徹底的に尊重されています。
証立てを行うために何年も学問を重ねます。対処的な治療では無く、根本的に病態を改善し、病人そのものを治すという東洋医学本来の姿が貫かれています。
外側からの鍼灸と内側からの中薬を用い、全体を総合的に捉える東洋医学のコラボと言え、鍼灸と漢方の融合の姿がここにあります。
「鍼灸の可能性」について大阪大学文学研究科(東洋史学)教授 荒川正晴先生にコラムを執筆していただきました。
これからの鍼治療が担う役割と可能性
東洋医学を専門に行う医師
中医学は中国では大学生が中医師になるために5~6年もかけてやっと中医師の最低基準に達するほどの学問であり、短期間のうちに修得できるものではありません。大学を卒業した後も大学院に進んだり、生涯をかけて中医学の研鑽を重ねていきます。その切磋琢磨の課程を通してはじめて臨床の第一線に立てるようになるのです。国の伝統文化を担う医師として一人一人が誇りを持っています。
中医師は、中医学理論を用いて中医学弁証を行い、病態を分析し、鍼灸及び漢方を使って治療を施します。ここで大切なことは、病態の分析と治療方法の決定までは中医学弁証という同じ過程です。
いざ治療方法になってはじめて鍼灸を用いるか漢方を用いるか、または両方を用いるかを決定するのです。どちらを用いるかは疾病の状態やそれぞれのケースによって決定します。
それぞれに得意とする病態はありますが、鍼灸と漢方は様々な病態に対してほぼ同様の効能をもたらすことができます。だから鍼灸と漢方を同時に学ぶ事が望ましいのです。
私は漢方を学ぶことが最初は苦痛でしたが、薬の使い方を学ぶことで、鍼灸にも応用できることに気づきました。両者を同時に学ぶことで、飛躍的に鍼灸の使い方が上達するのです
米国でも鍼灸大学を出た鍼灸医師が鍼灸及び漢方の治療を施します
アメリカでは、ニクソン大統領が1970年、中国を訪問したときに針麻酔による脳切開手術を見て、これはすごい、ということで中国と同じように鍼灸医師を養成するために鍼灸大学が作られたのです。アメリカでは鍼灸治療と中薬治療(漢方)は鍼灸医師が行います。中国でもアメリカでも鍼灸は国や州によって医療として認められているのが、日本との大きな違いです。
現在、アメリカでは、鍼灸大学を出た鍼灸医師が治療にあたり、鍼灸および漢方薬の処方がなされております。またアメリカでは大学院を設けて中国より多くの人材をして、中国の伝統医学である中医学を学び、東洋医学として急速に発展しています。アメリカでは鍼灸医師として活躍できるので、日本からアメリカに鍼灸を学びに行く人も多くなりました。
世界基準の東洋医学(中医学)
天津中医薬大学の大学院オープンカレッジを受講して、臨床家として世界を目指し、生涯をかけて研鑽し、技術を極めた鍼灸の匠になる決意をいたしました。
また日本でも、1998年には東京の東洋医学の専門学校である東京衛生学園が主催して、現天津中医薬大学の大学院オープンカレッジが初めて学園で開催されました。中国の中医薬大学の大学院の勉強が日本でできるというものです。世界を代表する中医学の教授陣が中国から来日されました。私はそこで鍼灸治療学、中医方剤および臨床治療学など様々な学科を学ぶことができました。私の十年以上の治療経験を凌駕する内容で、世界の中医学のすばらしさに圧倒されました。私は中医学に心から感銘を受け、生涯をかけて臨床家として世界を目指し、研鑽を積む決意をいたしました。
この機会を頂いたお陰で、私は臨床しながら日本で中国の大学院の勉強をする事ができたのです。そこで恩師であり、生涯の友であり、世界を代表する鍼灸学の大家である郭義先生とも出会うことができました。
鍼灸の国際学会で論文を発表して
目標はいつも世界の技術レベルを目指すこと
中国では、二年に一度、中医学の国際学会が開かれ、世界中から多くの医師や医療従事者が参加しています。私が最初に参加したのは、中国の天津市で開かれた第三回中医学学術国際交流会議で、2001年10月19日~10月23日まで開催され、世界40カ国、300名以上の方々の参加のもとに盛大な会となりました。その後も二年ごとにずっと継続して国際会議が行われています。
私は参加を重ねる毎に、世界の鍼灸の凄さを目の当たりに見、帰国後も治療が終わった後、毎日患者様の症例を一人一人分析し、証立てをし、論文にしていきました。そして、鍼灸の最高の手技を目指して努力を続けました。目標はいつも世界の技術レベルを目指すことになりました。
日本で鍼灸による花粉症と頭痛の治療の本が全国の書店で出版されました
中医学によるアレルギー性鼻炎の分析、中医学による機能性頭痛の分析の論文を国際学会で発表後、中医学による花粉症治療、中医学による頭痛治療について、天津中医薬大学鍼灸学部教授の郭義先生と一緒に執筆し、その書籍が源草社より日本で企画出版され、全国の書店に並びました。中医学により証立てをし、病態を明らかにした後、治療は鍼灸と漢方の両方から示されています。日本では、初めての試みの書であると思います。
その後、私は何度も中国を訪れ、中医学の国際学会で論文を発表させて頂きました。
第三回世界中医学大会の筆者
(向かって右;郭 義 左;原田浩一)
天津水城公園にて
中国の医学校の客員教授に指名されて
2014年四月より、私は平涼医学高等学校の客員教授に任命されました。
中医学ができる臨床家として、日本で実績を積み重ねてきたことが、この拝命に繋がったのだと思います。また、中国で生まれた鍼灸は日本で受容された後、独自の進展を示したことにより、日本ならではの鍼灸のあり方が形成されてきました。これは文化現象としては珍しくなく、とくに日本の風土にあった鍼灸に作り替えられていった部分があります。おそらくは、中国も相互の違いを認識したうえで、日本の長所を吸収したいのだと思います。
私の臨床経験が、鍼灸の日中交流、さらには世界の鍼灸界の進展に少しでも貢献することができれば、幸いこれに過ぎるものはありません。
この度、鍼灸の本場である中国より臨床実習研修生が当院にやってきました。天津中医薬大学の大学院生、24歳の劉君です。彼は18歳で大学に入り、5年間の勉強を経て学部を卒業し、現在同大学院の修士課程1年生です。修士課程は2年制で、その後博士課程3年を経て卒業し、鍼灸医師になります。
7月から8月までは中国の夏休みなので、私はこの期間を利用して日本を訪れ、中国の隣国である日本の政治・経済・文化・人文などさまざまな分野を体験しようと思いました。
恩師の紹介で、原田先生の鍼灸整骨院を訪ね、一週間ほど実習をいたしました。
日本における中国鍼灸の発展状況、及び日本の鍼灸医療の特徴に対する理解を深められれば、と願っていました。
原田先生は、そのお人柄は熱意にあふれ、辛抱強く、いつも自らの治療経験を隠すことなく、私に教えてくださいました。
同時に、先生は常に患者様にたいして非常に心を砕き、治療中も患者様のためになることだけをお考えになります。
本当に真心から患者様に奉仕することに徹せられ、より早く、よりよく患者様の心身の苦痛を取り除くことを切望し、患者様及びそのご家族に早く幸せで、楽しい生活を送って頂くようにと、尽力されていました。
この点につき、日中の医者は同様であり、個人のためではなく、患者様のために考えを巡らせています。
一つの例を挙げます。
原田先生は助手の方が針を先生に渡すときでも、できる限り患者さんを不安がらせないように、落ち着いて診療を受けさせ、早く健康を取り戻すことに気を配るようにと教えられました。
中国でも、私は恩師からそう教わりました。
早くも二週間が経ち、私は原田先生の鍼灸整骨院を離れることになりました。
とてもさびしいですが、先生のご健康と万事が意のままに順風満帆であることを、
こころよりお祈りいたします。
敬具