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update:2026年10月23日 最終更新日:2026年10月23日

銀行員から治療家へ——四十年の経験と、これからの生き方

※効果や感じ方は人によって異なります

はじめに 七十歳の机から

今、七十歳になって、私はこの机に座っています。

これまでの仕事を通して、体と心の健康について感じてきたことを、一般の方にも分かりやすく伝えたい。そして、後輩の鍼灸師たちにも、何か残せたらと思っています。

社会的な責任、家庭の責任。果たしたと言い切れるかどうかは分かりませんが、何とかここまでやってきました。子どもたちも育ち、それぞれの道を歩んでいます。ようやく、自分がどう生きたいかを、自分のために考えられる年齢になった気がします。

これからの十年、私は何をしていくのか。

まずは、仕事です。私を必要としてくださる方がおられる限り、できるだけ続けたい。いい仕事をすることに徹したいと思っています。

そして、四十年の経験を、自分の中だけにしまっておかないことです。治療のこと、ヨガのこと、心の健康のこと。同時に話しながら、それぞれ一冊の本になるように、少しずつ書き残していきたいのです。

その出発点として、私がなぜ銀行員を辞め、治療の世界に入ったのか。そこからお話しします。

第一章 父の背中を見て、銀行員になった

二十二歳で大学を卒業し、私は四国銀行に入りました。父も銀行員でした。

私が小学校一年生ぐらいの頃には、父はすでに支店長になっていました。一緒に転勤したことを、今も覚えています。

父は話が上手で、愛情の深い人でした。家にもよく行員や部下を連れてきて、いろいろと話をしていました。幼い私は、父は学校の先生なのだろうかと思ったほどです。

仕事には一生懸命で、誠実でした。それでいて、人を育てるのが上手だった。私は、そんな父を尊敬していました。

父のような銀行員になりたい。

そう思って、父と同じ銀行に入ることができたのです。

入行してからは、誠実に仕事をすることと、自分の得意なことを生かすことを考えていました。私は、どちらかといえば外回りやセールスが好きでした。人に会い、お話をし、仕事につなげていく。そのことに夢中になりました。

実績を上げて、いつか父を越えてみたい。目指すのは重役でした。当時の私には、約三千人の行員の中で、十人ほどの立場を目指すという感覚がありました。

銀行員として働いたのは十年間です。その間、自分でも驚くほど仕事に熱中できました。支店でトップの成績を上げ、銀行全体でもトップセールスといえるほどの成果を出せた時期がありました。

仕事が面白く、成績を上げることもうれしかった。私は、その道を進んでいくつもりでした。

ところが、入行から三年半ほどたった頃、慢性膵炎と診断されたのです。

第二章 「お酒は、一生飲めません」

当時、私を診てくださったのは、私がとても信頼していた医師でした。

アルコールの摂取について説明され、飲んではいけないと言われました。

「先生、三か月ですか。まさか半年とか言わないでしょうね」

そんな気持ちで尋ねたのを覚えています。

返ってきたのは、一生、という言葉でした。

当時は、入院してもよいほどの重い状態だと説明されました。膵臓を大切に使い、飲酒をやめ、脂ものも避けるように言われたのです。

私は愕然としました。

これで、一生お酒が飲めないのか。

当時の私にとって、お酒は楽しみでもあり、人との付き合いの一部でもありました。行員同士の付き合いも、外でのお付き合いもある。その時間が楽しくて仕事をしていた面もあります。

そのお酒が飲めなくなる。銀行員として、これからどうやっていけばよいのだろう。病気そのもののつらさに加えて、そういう戸惑いがありました。

体も、しんどかったのです。

だるさが続き、下痢を繰り返し、ふらふらする。口の中が苦く、どうにもならないような不調がありました。

「慢性膵炎さえなかったら、どんなによかっただろう」

何度もそう思いました。どうしてこんな病気になってしまったのか。これさえなければ、と、病気を恨むような気持ちにもなったのです。

第三章 ヨガを教えている自分が、一番しんどかった

その頃、私はヨガを始めました。

最初は、自分の体を何とかしたいという思いでした。沖正弘先生の教えにも出会い、ヨガを日常の暮らしの中に取り入れるようになりました。

やがて、公民館でヨガを伝えるようになりました。初めは、ほんの数人です。

銀行員として外回りをしていると、いろいろな人に会います。健康の話になり、「ヨガをやっていますよ」と話すと、「どこでやっているの」と聞かれる。「公民館です」と答えると、そこへ来てくださるのです。

初めのやり取りは、だいたい決まっていました。

「ヨガ、いいんやってな。でも、私は体が硬いから」

「硬いから、いいんですよ」

そんなふうに声をかけていました。体の硬さを理由に諦めなくてもよいと、伝えたかったのです。

少しずつ人が増えて、二年ほどで会員は五百人ほどになりました。地元の元町長さんも来られるなど、地域のいろいろな方が集まってくださいました。一回に四十人ほど来られ、広い会場がいっぱいになることもありました。

銀行の行員や支店長も参加し、周囲の協力にも支えられて、会は盛んになっていきました。

しかし、教えている私自身は、まだ体がつらかったのです。

こんなにしんどい自分が、どうして一人で皆さんに教えているのだろう。そう思うこともありました。

それでも、教えることが、一番の勉強になりました。呼吸、姿勢、食事、休養、心の持ち方。人に伝えるために、自分でも学び、考え、実践する。教えることと学ぶことが、つながっていたのです。

当時は、自分の体をよくしたい一心で、体を整える方法を中心に伝えていました。

その中で、思うようになりました。

人の体や健康に関わることを、一生の仕事にできたら、どんなにいいだろう。

銀行の仕事も面白い。成績が上がれば、うれしい。でも、ヨガは、やっていること自体がうれしかったのです。

第四章 三十二歳、果てしない草原へ

三十歳ぐらいの頃から、私は本当にこのままでよいのだろうと考え始めました。

銀行では成績も上がっている。重役を目指している。けれども、自分が本当に進みたいのは、健康に関わる道なのではないか。

ただ、家庭があります。自分一人で決められることではありません。

妻に理解してもらうまでには、二年ほどかかりました。銀行を辞め、新しい道に進むことには、大きな不安があったのでしょう。

それでも最後には、一緒に進むことを受け入れてくれました。

「意志があるところに道はある」

妻がそう言ってくれた時、私と一緒に歩んでくれるのだと感じました。

三十二歳で、私は銀行を辞めました。

その時の感覚は、自由になったという喜びだけではありませんでした。守られていた場所から、果てしなく広い大地、広い草原へ放り出されたような感じです。

自分で出てきたのに、そう感じたのです。

どこの組織も、もう自分を守ってはくれない。これからは、自分でやっていかなければならない。とても孤独でした。

そばにいたのは、妻と、当時三歳ほどだった娘でした。

一方で、学校で学ぶ時間は楽しかった。社会人になってから勉強することが、こんなに面白いのかと思いました。

鍼灸の師にも出会いました。私にとって、これほど上手な先生はいないと思える師でした。そのもとで学び、修行を重ね、三十五歳での開業へ向かっていきました。

第五章 途方に暮れた時に鳴った電話

開業するには、お金が必要です。

銀行員時代、私は融資にも関わっていました。条件によっては難しい場合にも、制度を利用するなどして資金を考える仕事をしてきました。だから、自分の開業資金についても、何とか道があるのではないかと思っていました。

ところが、相談に行くと、断られました。

開業しようとしているのに、お金がない。そこで初めて、その現実が目の前に来たのです。

途方に暮れていた頃、四国銀行から電話がかかってきました。

電話の主は、四国銀行の頭取でした。新入行員だった頃、人事部長として出会い、私が信頼し、目標にもしていた方です。

私が伺っていたところでは、初めて叩き上げで頭取になられた方でした。

「そろそろお金がいるだろう。なんぼいるんな」

「二千万円です」

大阪支店へ行くように、話しておくからと、言ってくださいました。

本当にびっくりしました。うれしかった。私には、まさに鶴の一声のように感じられました。

その支えがあって、開業することができたのです。

開業してからは、たくさんの患者さんに恵まれました。ただ、患者さんが増えれば、経営が楽になるかというと、それだけではありません。

借入額は二千万円。返済では一年の据え置きがあり、五年で返しました。月に四十万円ほど返していたと記憶しています。治療所を運営しながら、そのお金を返していく。順調に仕事が伸びても、苦しさはありました。

経営とは、こんなに大変なものなのか。

勤めていた頃は、自分の仕事に一生懸命取り組めば、給料があり、賞与がありました。開業すると、治療に加えて、経理、スタッフのこと、これからの進め方まで、自分で考えなければいけません。

一人で仕事を始めることの難しさを、その時に知ったのです。

第六章 病気と闘うことから、一緒に生きることへ

ヨガを始めてからも、すぐに体が楽になったわけではありません。

五年ほどたっても、何をしても思うようにならないと感じていました。食事にも気をつけているのに、しんどさがある。その頃、私は「もう、この病気と同居していこう」と思うようになりました。

その気持ちに至るまでが、難しかったのです。

病気さえなければよいのに、と恨んでいた時には、一日の中で何度も病気のことを考えていました。体がだるい。しんどい。そのたびに、不安や恐怖が押し寄せます。

病気があることを、自分の毎日の敵にし続けない。食事、睡眠、適度な運動を整えながら、病気のある自分とも一緒に暮らしていく。私には、そういう心の変化がありました。

十年ほどたった頃、体が変わってきたことに気づきました。以前のような強いだるさや下痢などが、次第に気にならなくなっていったのです。

妻と、小さな居酒屋へ行ったことも覚えています。手頃な値段で楽しめるお店でした。そこで、以前は難しかった食事や飲み物が大丈夫だったと感じ、「これは奇跡ではないか」と思ったのです。

当時の私は、症状が出なかったことを回復の実感として受け止めました。ただ、症状がないことだけで、膵臓の状態や飲酒の安全性まで判断できるわけではありません。この経験を、慢性膵炎の方に飲酒の再開を勧める話として受け取らないでください。

また、ヨガだけによって病気が治ったと、ここで証明できるわけでもありません。私が伝えたいのは、長い不調の中で生活を整え、病気との付き合い方を変え、その中で体調の変化を感じていったという、自分の経験です。

この十年は、その後の治療家としての私にとって、大きな意味を持ちました。

慢性的な病気や痛みで、もうよくならないのではないかと悩む方が来られます。その苦しさ、不安、何とかしたいという気持ちに、以前より近づけるようになったのです。

私自身も、その中にいたからです。

「できることを一緒に考えていきましょう」

その言葉を、自分の経験を持って伝えられるようになったと思っています。

第七章 「症状は健康回復運動」という言葉

沖先生の教えの中に、私が「症状は健康回復運動」と受け止めてきた言葉があります。

初めは、意味が分かりませんでした。頭で説明を聞いても、心は納得していない。

健康なら症状は出ないではないか。よくなったら症状が消えるではないか。それなのに、なぜ症状が回復の働きなのか。そんなことがあるだろうかと思ったのです。

私にとって、この教えは、体をただ敵のように見ないための手がかりになりました。苦しい体も、何とか毎日を生きようとしている。その体に、恐怖や怒りだけを向け続けなくてもよいのではないかと、考えるようになったのです。

ただし、この言葉で、すべての症状を回復の証拠と決めることはできません。診察や治療が必要な症状を、そのままにしてよいという意味でもありません。

私は、この教えを、症状に圧倒されて自分の全部を見失わないための、心の支えとして受け止めています。

病気のことを考えずにいられない時に、体をどういたわるか。今日できることは何か。何を食べ、どう休み、誰と話し、何を楽しむか。

私の関心は、そうした毎日のほうへ、少しずつ向かうようになりました。

第八章 私にとってのヨガは、冥想へ向かうもの

四十年たった今、ヨガに対する私の考え方は、以前とは大きく変わっています。

体を動かすことにも、今も意味を感じています。それでも、何を一番大切なものとして受け取ったかといえば、冥想です。

私にとっての冥想は、頭の中を「空じる」ことです。

私たちの頭には、いろいろなものが詰まっています。情報、経験、感情、課題。「こうしなければならない」という思い。人からどう見られるか、世間は何と言うかという心配。

いつの間にか、自分の立ち回りや評価ばかりを考えていることもあります。

そうした、とらわれ、こだわり、引っかかりから、いったん離れてみる。

私は、それを自己解放と感じています。

習慣や癖、これまでの経験からできた思い込みを、一度、脇へ置いてみる。その時に、自分の本当の心の声を聴く。

私の言葉でいえば、魂との対話です。

自分は、本当は何をしたいのか。

何に喜びを感じるのか。

これから、どう生きたいのか。

周囲の評価に合わせる前に、自分の内側へ問いかけてみる。その声を大切にして、自分の生き方を選んでいく。

人生は、自分のページを重ねていくシナリオのようなものです。

そのシナリオは、自分で書いてよいのです。

第九章 すでに与えられているものに気づく

生まれた時から、私たちには空気があります。大地があり、水がある。空、海、川、森があります。

生きるための、この大きな環境が、すでにあるのです。

世界中の頭のよい人が集まって、どれほど時間をかけても、この自然そのものを、そっくり一から作ることはできないのではないでしょうか。

そう考えると、かけがえのないものが、すでに与えられていると感じます。

私がヨガから受け取った、「足るを知る」という感覚です。

ないものを求めるばかりでなく、すでにあるものに気づく。そのうえで、何をして生きていきたいのかを考える。

医師、教師、会社員、商売、音楽、芸術。人生には、いろいろな道があります。

もちろん、実際には、家庭やお金、体の状態など、選択を難しくする事情もあります。それでも、周りの目や自信のなさによって、自分で自分の可能性を狭めている場合もあると思うのです。

その思いをいったん脇に置き、自分の心に聞いてみる。すぐに大きく変えられなくても、自分が本当に望む方向を知っておく。

私にとって、ヨガの姿勢や呼吸、体を整える方法は、そうして心を静かに見つめるためにもあります。体を緩め、呼吸を整え、自分と向き合える状態をつくる。そこに、今の私が感じているヨガの大切さがあります。

第十章 リングの上で、力を抜くことを学ぶ

私は、五十九歳からボクシングを始め、五年間続けました。最後には試合にも出場しました。

もともと殴り合いが好きだったわけではありません。むしろ、そういうことは嫌いでした。それでも取り組んだのは、強い緊張と集中の中で、心と体をどう扱うかを学びたかったからです。

私が学んだヨガの行法の中には、強く集中した状態で、心身を緩めることを考えるものがありました。

穏やかな教室でリラックスすることと、本当に怖い場面で力を抜くことは、同じようにはいきません。

何百人もの人が見ている中、リングへ上がる。目の前には、初めて会う相手が立っている。その相手は、こちらへ向かってくる。

怖いのです。必死になります。

その時に、力を入れたままでは動けない。筋肉も、気持ちも、緩める必要がある。集中を保ちながら、余分な力を抜いていく。

私にとって、ボクシングは、そのことを体で学ぶ経験になりました。

第十一章 五十歳からのレスリングは、「技」との出会いだった

五十歳からは、レスリングを始めました。こちらには、別のきっかけがありました。

私には長女と長男の二人の子どもがいます。三歳からレスリングを始めたのは長男で、その指導をするために、自分もやってみようと思ったのです。

高校時代に柔道をやりたかったのに、できなかった。その思いも残っていました。

私は姉が二人いる三人きょうだいの末っ子で、育つ中で、戦うという経験がほとんどありませんでした。戦う自信も勇気もない。いざという時に立ち向かえる自分でありたいという気持ちも、当時はあったのです。

ただ、やはり相手を傷つけることには抵抗がありました。

その考えが変わったのは、館長の技を見た時です。大きな人も、小さな人も、すっと投げていく。

何だろう、これは。

私には、芸術に見えました。

戦いというより、技なのです。ただ力をぶつけるのではない。その技を身につけたいと思うようになり、練習への向き合い方が変わりました。

十二年ほど続け、六十二歳でコーチになりました。中学生を相手に、落ち着いて技を使えるようになった時には、自分なりの自信も得られました。

自分も、少しはうまくなったな。

若い頃にはできなかったことを、年齢を重ねてから学ぶ。そこにも、面白さがありました。

コロナ禍以降は、しばらく離れていました。今、また始めてみようかと思っています。これからは、今の自分の体と相談しながら、楽しめる形を考えたいのです。

第十二章 新幹線で通った、四年間の学び

開業して十年ほどたった頃、私は東京へ中医学を学びに通い始めました。

二週間に一度、土日を使って、四年間です。土日の講義は合わせて十時間ほどあり、新幹線の中でも勉強していました。

学んだことは、日々の臨床にとても役立ちました。目の前の症状を、その人の体や暮らしの中で考える。その見方が、少しずつ深まっていきました。

その学びの終わる頃だったでしょうか。郭義先生から、さらに大学院講座で学ばないかと電話をいただきました。

「どうして、私なんですか」

そう聞いたことを覚えています。

中医学を学ぶ臨床家を育て、日本の鍼灸の技術を高めたい。先生は、そのような趣旨を話してくださいました。

そこから、さらに四年間、学ぶ機会をいただきました。

治療の仕事を続けながら学ぶことは、楽なことばかりではありません。それでも、患者さんを診ているからこそ、学んだことの意味が分かる。学んだことを、また臨床で考える。

その往復が、私の治療をつくってきたのだと思います。

第十三章 「目次ができたら、本はできたのと一緒」

大学院講座で鍼灸治療学を教えてくださった郭義先生とのご縁から、本を書くことにもなりました。

当時、先生が所属されていた大学は天津中医学院といい、その後、天津中医薬大学という名前になりました。

先生が日本に滞在していた頃には、一緒に京都へ行ったり、お酒を飲みながら話したりしたこともあります。

ある時、花粉症の話になりました。

私が、花粉症で困っている方が多く、何とかしたいと話すと、先生は、それを本にしようと言ってくださいました。

私は、本を書くことなど考えたこともありませんでした。

先生は目次を、さっと書き出しました。

「目次ができたら、本はできたのと一緒だよ」

そんなふうに教えられました。そうやって作るのかと、私は目次づくりに加わりました。

先生が中国へ帰られてからは、次々とファクスが届きました。原稿です。

こんなにたくさん送ってくださるのか。すごいな。読ませてもらえるだけでもうれしい。

そう思っていたら、途中で、ぱたりと止まったのです。

あれ、どういうことだろう。全部書いてくださるのではなかったのか。

そこで初めて、分かったのです。

半分は先生が書く。残りの半分は、私が書く。

目次の途中から先は、自分の担当だったのです。

そこからは必死でした。自分の原稿を書き、全体を読める日本語に整え、源草社からの出版へつなげていきました。

こうして『中医学による花粉症治療』、そして『中医学による頭痛治療』を出版する機会に恵まれました。本をどう作るのか、学会でどう発表するのか。そうしたことを学ぶ機会にもなりました。

もともと、私は文章を書くことが好きではありませんでした。苦手で、できれば避けたかった。それでも、こうした経験のおかげで、思っていることを文章にする道が、少しずつ開けてきたのです。

今、また書こうとしているのも、その続きなのだと思います。

第十四章 息苦しさの先に、また出かけられる暮らしを

長い不調の中で、暮らしを取り戻していった患者さんもおられます。

皮膚筋炎で大阪大学に半年ほど入院し、命は助かったものの、退院後も息苦しさや疲れやすさが続いていた方です。当院に来られたのは、退院から二年ほどたった頃でした。

以前は、買い物に出かけ、喫茶店へ行き、友人と会って話すことを楽しんでおられました。

ところが、退院後は、買い物に出るだけで精いっぱい。昼間にも横になって休まなければならない。

なぜ、こんなに苦しいのだろう。このまま戻らないのだろうか。普通の生活がしたい。

人と話している途中に苦しくなったらどうしようという不安もあり、交際や外出を控えるようになっていたそうです。

私は、その方の疲労や体の状態を見ながら、体全体を整えることを考えて施術しました。それとともに、無理なく体を動かすことにも取り組んでいただきました。

仰向けでの足上げや、声に出して数える動きなど、その方に合わせて、十回程度の少ない回数から始めました。「今日は何回できましたか」と確かめながら、長い時間をかけて続けていったのです。

これは、当時の一人の方への対応の記録です。息苦しさの原因や体の状態によって必要な対応は異なり、この運動や回数を、そのまま誰にでも勧めるものではありません。

変化は、すぐに全部が現れたわけではありません。一年ほどたっても、まだ苦しいと話されることがありました。

それでも、やがて、少しずつ出かけられる場所が増えていきました。

喫茶店へ行ってきた。あのお店にも行けた。友人に会った。花を見に行った。

今度は、その方が私に、おすすめの場所を教えてくださるようになったのです。

「花がきれいですから、ぜひ行ってみてください」

「あそこの喫茶店、とてもいいですよ」

以前は、外へ出ることを不安に思っていた方が、そんなふうに話してくださる。うれしかったですね。

今は、年に一度の私のコンサートにも来てくださっています。

命を支えた現代医療があり、その後の経過があり、ご本人の意欲と努力がありました。私の関わりだけで説明できることではありません。

私は、その暮らしを取り戻す過程を、お手伝いさせてもらった。そのことが、とてもうれしいのです。

こうした経験は、ほかにもあります。これから、一つずつお話ししていきたいと思います。

第十五章 仕事があることを、ありがたく思う

七十歳からの生き方を考える時、私にとって、仕事は大きな柱です。

続けてきたこの仕事を、これからも続けられる。それだけでも、ありがたいことだと思います。

自分を必要としてくださる人がいる。仕事をさせてもらい、そのお金で生活ができる。そのうえで、「ありがとうございます」と言っていただける。

こんなにありがたい仕事は、なかなかありません。

もちろん、いつまでも同じようにできるとは限らないでしょう。それでも、できる限り、いい仕事をすることに徹したい。毎日、そう思っています。

後輩やスタッフを育ててきた時期もありましたが、私は長く、自分で治療することに専念してきました。その中でつくってきた見方や技術を、これからは文章でも残したいのです。

私が通う音楽の教室には、多くの生徒さんや先生方を育て、活動を応援している方がいます。そういう形で人を育てる生き方もある。

私は私の形で、臨床で得たことを残す。それが、これからできる仕事の一つなのだと思っています。

第十六章 音楽、妻、友人。先送りしない楽しみ

六十代から始めた音楽も、これから続けていきたいことです。

音楽には、感動があります。聴いて感動する。そして、自分で奏でると、また違う感動があります。

弾くために練習する。歌うために練習する。できなかったところが、少しできるようになる。その時間が、私の心と体に張り合いを与えてくれます。

私は、そういう活動が、自分の若々しさや健康を支える楽しみになっていると感じています。

そして、妻との暮らしです。

一緒に歩んできたパートナーを大切にして、これからも一緒にいろいろなことをして、思い出をつくりたいと思っています。

友人との付き合いも、見直したいのです。

忙しさにかまけて、「また会おうな」と言ったままになっていたことがあります。「泊まりに来いよ」と誘われても、「またな」と答えて、そのままにしていました。

でも、この年齢になると、今会わなければ、次に会えるとは限らないことに気づきます。

元気なうちが花です。

これから開くコンサートが終わったら、友人に会いに行き、泊めてもらおうと思っています。会いたい人には、会えるうちに会う。そういう時間を、これからは大切にしたいのです。

第十七章 お金も、楽しむために使いたい

将来が心配だからと、ただ貯め続けようと思えば、きりがありません。

自分は、どんな暮らしをしたいのか。その暮らしに、どのくらい必要なのか。そこから考えてみたいと思っています。

私のいう「使い切る」という気持ちは、今あるお金を、考えずに全部使ってしまうという意味ではありません。

これからの生活を考え、持っているお金や収入の範囲の中で、自分にとって大事なことにも使っていく。無駄はせず、楽しみにまで遠慮しすぎない、ということです。

必要なものを買う。夫婦で出かける。友人に会う。音楽を楽しむ。

人から見て豊かかどうかより、自分が楽しめる暮らしかどうかを大切にしたいのです。

心配だけで毎日を埋めるのではなく、自分たちにできる楽しみを、実際の暮らしにしていく。今は、そのように考えています。

おわりに これからも、自分のページを書いていく

銀行員として、父の背中を追っていた私がいました。病気に戸惑い、ヨガに出会い、治療の仕事へ進んだ私がいます。

三十二歳で、広い草原へ放り出されたような孤独を感じたこともありました。支えてくれた人がいて、学ばせてくださった師がいて、来てくださる患者さんがいました。

自分一人で、ここまで来たのではありません。

その経験を持って、七十歳からの自分のページを、また書いていきたいと思っています。

いい仕事をする。

妻と、これからの時間を楽しむ。

音楽を続ける。

友人に会う。

体と相談しながら、新しいことにも取り組む。

そして、経験を言葉にして残す。

自分の心の声を聴き、自分らしく生きる。

人生のシナリオは、自分で書いていい。

これから、そのことも含めて、体の健康、ヨガ、心の健康について、一つずつお話ししていきます。

※効果や感じ方は人によって異なります

update:2026年9月30日 最終更新日:2026年10月14日

30年間、脈を診続けて分かってきたこと

※効果や感じ方は人によって異なります

私が脈診で見ている体と心の状態

私は施術をする時、脈診をとても大切にしています。
脈を診るというと、単に「脈が速い」「遅い」「強い」「弱い」といったことを見るものだと思われるかもしれません。
しかし、私が脈診で見ているのはそれだけではありません。
まず今日、その方の体がどのような状態なのかを見る。
そして、これまでどのような生活を送り、何が体に影響し、現在の状態までどのように変化してきたのか。
その流れまで含めて考えていきます。

脈診では何を見ているのか

脈診では、両方の手首に人差し指、中指、薬指の3本の指を当てて、脈の状態、いわゆる「脈状」を確認します。
脈の強さ、速さ、リズム、指を押し上げる力、しなやかさなどを見ながら、まず現在の体の状態を考えていきます。
ただし、脈診だけで病気や内臓の状態を医学的に診断するわけではありません。
問診や舌診、現在の症状や体調なども合わせながら、その方の状態を総合的に見ていきます。

舌診で「今」を見て、脈診で「流れ」を見る

私は、舌診はその日の状態、つまり「今」を比較的反映しやすいものだと考えています。
一方、脈診では、その日の体調だけではなく、ここ数か月という少し長い時間の中で、体や心がどのように変化してきたのかを見ることがあります。
今の状態を見る時には、舌診と脈診を合わせる。
そして、これまでの体の流れを見る時には、私は特に脈を大切にしています。

まず「その人なりの脈」を知る

中医学では、健康な状態の一つの目安となる脈を「平脈(へいみゃく)」といいます。
一定の圧があり、一定のリズムで打ち、指を押し上げる力があり、それでいてしなやかさがある。
そうした脈を一つの理想として考えます。
しかし実際には、誰もがいつも教科書どおりの平脈ではありません。
少し強い方もいれば、弱い方もいます。
脈が少し速い方もいれば、ゆっくりしている方もいます。
表面では強く感じても、少し押すと弱くなる方もいますし、さらに深く押すと脈が感じにくくなる方もいます。
ですから大切なのは、「その人なりの脈」を知ることです。
この方は、このぐらいの脈の時に体調がよい。
この程度なら普通に生活できている。
少しこの範囲から外れると、しんどさが出てくる。
一人ひとりに、そうした幅があります。
私は毎回脈を診て、その時の体調や気分、生活状態と照らし合わせています。
それを何度も繰り返すことで、
「この人は普段こういう脈だな」
「今日はいつもと少し違うな」
ということが分かるようになってきます。

「いつもと違う」を感じ取る

長年同じ方の脈を診ていると、手首に指を当てた時に、
「今日はいつもと違うな」
と感じることがあります。
私は、この最初の感覚をとても大切にしています。
通常は比較的短い時間で全体の状態を捉えますが、何か違和感があれば、さらに時間をかけて慎重に確認します。
もちろん、脈診だけで病気や緊急性を判断するものではありません。
明らかに体調がおかしい場合や、医療機関での確認が必要と思われる症状がある場合には、脈だけで判断せず、適切な医療機関への相談が必要になります。

現在の状態に至るまでの「経過」を考える

脈を診た後、問診や舌診なども合わせて、中医学でいう「証」を考えていきます。
現在の症状だけを見るのではありません。
なぜ今、この状態になっているのか。
そこに至るまでに、どのような経過があったのか。
何が大きく関係しているのか。
それを考えます。
例えば、
睡眠不足
食生活の乱れ
過労
長く続くストレス
激しい感情の起伏
精神的な緊張
などです。
一つだけが原因とは限りません。
ストレスがあり、その上に食生活の乱れが重なっていることもあります。
睡眠不足が続き、さらに過労が加わっていることもあります。
いくつもの要因が重なりながら、現在の状態になっていることがあります。

「実証」と「虚証」を見る

中医学では、体の状態を見る時に「実」と「虚」という考え方があります。
体に力があり、体の中で強く反応が出ているような状態では、脈にも力を感じることがあります。
指を押し上げる力が強く感じられることもあります。
一方、長く消耗が続き、体に必要なものが不足していると考えられる状態では、脈を押し上げる力が弱くなることがあります。
最初は強い脈だった方でも、ストレスや過労などが長期間続き、体が消耗してくると、だんだん脈が弱く変化してくることがあります。
そこで、
気が不足しているのか。
血が不足しているのか。
精が不足しているのか。
その方の状態を総合的に考えます。
脈が強い時と、弱くなってきた時では、施術の考え方も変わります。

食生活と中医学でいう「湿」

私が日々脈を診ていて、非常に多いと感じるものの一つが、中医学でいう「湿」です。
中医学の湿は、単純に「体の中に水が多い」という意味だけではありません。
食事、生活習慣、運動、ストレスなどが関係し、体の中の水分の巡りがうまくいかず、停滞していると捉えることがあります。
私はこの状態を、川とため池に例えて説明することがあります。

川の水と体の巡り

川の水は、流れているからきれいに保たれます。
体の中も同じように、血や水分などが滞りなく巡っている状態が大切だと中医学では考えます。
ところが流れが悪くなると、川がため池のようになります。
最初は少し流れが悪いだけでも、長く停滞すると、だんだん底に沈殿物がたまっていく。
水も濁って、底が見えなくなっていきます。
体の中でも同じように、巡りが滞っている状態が続くと、
「何となく体が重い」
「妙にだるい」
「特に病気と言われていないけれど、何となくしんどい」
といった状態として現れることがあると私は考えています。

湿が長く続いた時に考える「痰飲」

湿がさらに長く停滞すると、中医学では「痰飲(たんいん)」という状態として捉えることがあります。
私はこれを、ため池の底に少しずつ粘りのあるものがたまっていくようなイメージで考えています。
ただし、こうした「湿」や「痰飲」は中医学独自の概念です。
現代医学における血液検査や体液検査と同じものではありません。

水分は「多い・少ない」だけではない

水分というと、
「たくさん飲めば健康によい」
と考える方もおられます。
しかし私は、単純に量だけを見るのではなく、その方の体の中で水分がきちんと巡り、汗や尿、便などとして適切に排出されているかを見ることが大切だと考えています。
もちろん、高齢の方や脱水の危険がある方、食事や水分摂取量が不足している方などでは、適切な水分補給が非常に重要です。
一方で、中医学的に見ると、水分を取っていても、うまく巡らず停滞していると考える方もいます。
だから、
「水をどれだけ飲んだか」
だけではなく、
「体の中でどう巡っているのか」
を見ることも大切です。
水分の取り方は、年齢、体格、運動量、発汗量、気温、持病、服薬状況などによっても変わります。
一律に水分を減らしたり増やしたりするのではなく、その方の状態に合わせることが大切だと思います。

ストレスでも体の中の巡りは変わる

水分の停滞は、飲み方だけで起こると私は考えているわけではありません。
精神的なストレスが長く続いた時にも、中医学では気の巡りが滞り、それに伴って水や血の巡りにも影響が出ると考えます。
ですから、
「水分を取りすぎたから湿になった」
と単純に決めることはできません。
食事、運動、睡眠、ストレス、体質などを合わせて見ていく必要があります。

ストレスが強い時に現れる「弦脈」

精神的な緊張が強い時、脈が弦のように張って感じられることがあります。
中医学ではこれを「弦脈(げんみゃく)」といいます。
ギターの弦を上から触った時のように、一本の線が強く張っているように感じる脈です。
ストレスが強く、まだ体に力がある時には、この弦脈が強く現れることがあります。
しかし、その状態が長く続いて体が消耗すると、今度は脈が弱くなっていくことがあります。
同じストレスでも、初期と長期間続いた後とでは、脈の現れ方が変わってくることがあるのです。

「汚血」と体の巡り

血の巡りについても見ます。
脈が滑らかではなく、大小が不揃いに感じられたり、引っかかるような感覚があったりする時には、中医学的に血の巡りの状態を考えます。
当院では、こうした血の停滞を「汚血」と表現しています。
ただし、これは現代医学で血液そのものが「汚れている」と診断しているわけではありません。
あくまで中医学の考え方として、気や血の巡りが滞っている状態を捉えています。
食事の影響なのか。
精神的なストレスなのか。
運動不足なのか。
睡眠不足なのか。
その人の生活全体を見ながら考えます。

中医学では「気」と「血」は関係している

中医学では、「気」と「血」は密接に関係していると考えます。
気が巡れば、血も巡りやすくなる。
反対に、気が滞れば、血の巡りにも影響すると考えます。
穏やかな気持ちで、楽しく物事に取り組んでいる時は、体も比較的のびやかです。
反対に、嫌なことを我慢し続けたり、強い緊張が続いたり、怒りや不安を長期間抱え続けたりすると、体まで緊張してくることがあります。
私は長く脈を診ていて、精神状態と体の状態は決して別々ではないと感じています。
もちろん、手足が冷えるといった一つの状態を見ても、精神的なことだけが関係しているわけではありません。
食事、睡眠、運動、体質など、さまざまな要因が関係します。
だから、一つだけで決めないことが大切なのです。

心の状態も体に影響している

人は一日の中で、ほとんど何かを考え、何かを感じています。
楽しい。
うれしい。
腹が立つ。
不安だ。
嫌だ。
つらい。
心で感じていることは、そのたびに体にも影響を与えていると私は考えています。
だから私は、嫌なことがあった時には、それだけを一日中考え続けるのではなく、楽しいことを考えたり、気分を切り替えたり、自分なりに心のバランスを取ることが大切だと思っています。
心をいつも完全に平穏に保つことは難しいでしょう。
しかし、自分が何を考え、どう感じているのかに気づき、できるだけ心の中のバランスを取り戻していく。
それも健康を保つためには大切なことだと思います。

睡眠は体を立て直す大切な時間

そして、もう一つ非常に大切なのが睡眠です。
人は一日動けば、体も頭も疲れます。
筋肉も使います。
胃腸も働きます。
脳も一日中さまざまな情報を処理しています。
眠っている時間は、体と脳を休ませ、翌日に向けて状態を整えるための大切な時間です。
睡眠時間だけでなく、しっかり眠れているかどうかも大切です。
ストレスや緊張が強い方では、布団に入っても頭や体の緊張が抜けず、夜中に何度も目を覚ますことがあります。
「寝ている時間は長いのに、朝になっても疲れが取れない」
という方もいます。
私は、こうした睡眠の状態も問診で確認し、脈や舌などと合わせながらその方の状態を考えます。

睡眠・食事・ストレスは別々ではない

睡眠が不足すれば体は疲れます。
ストレスが強ければ眠りに影響することがあります。
食生活が乱れれば、体調にも影響します。
運動不足で体を動かさなければ、体の巡りにも影響することがあります。
すべては別々ではありません。
睡眠だけを見るのでもない。
食事だけを見るのでもない。
ストレスだけを見るのでもない。
それぞれが影響し合っています。
だから私は、脈を診ながら、その人の生活全体を考えます。

脈から施術の方向を考える

脈を診て、その方の状態がある程度見えてきたら、問診や舌診なども合わせて、施術の方向を考えます。
ストレスによる気の滞りが強いのか。
湿が大きく関係しているのか。
虚の状態が強いのか。
血の巡りを考える必要があるのか。
一つだけではなく、いくつもの状態が重なっていることもあります。
その方の体質や季節、その日の体調、精神的な緊張なども考えながら、
「今日は何を一番優先するのか」
を決めていきます。

腰痛だから腰だけ、肩こりだから肩だけではない

腰痛だから腰だけに鍼をする。
肩こりだから肩だけを見る。
私はそういう考え方ではありません。
症状が出ているところはもちろん大切です。
しかし、その症状がなぜ出ているのか。
その背景に何があるのか。
そこを見ることを私は大切にしています。

脈を診て、鍼をして、もう一度脈を診る

私の中では、施術をする前に一つの「筋書き」のようなものができます。
なぜ今この状態になっているのか。
何が大きく影響しているのか。
どこから整えていく必要があるのか。
映画でいうと、あらすじが頭の中に入って、
「今回の主題はここだ」
と焦点が定まるような感じです。
そして、その考えに基づいて鍼をします。
施術後には、もう一度脈を診ます。
自分が考えた方向に脈が変化しているかを確認します。
脈を診る。
状態を考える。
鍼をする。
もう一度脈を診る。
ここまでが、私にとって一つの施術の流れです。
今の体の状態が分からないまま、症状のある場所にだけ鍼をするということは、私はしたくありません。
まず、その人が今日どのような状態なのかを知る。
その上で施術をする。
それが私にとって脈診を行う大きな意味です。

30年間、脈を診続けて分かってきたこと

一人ひとりの脈を毎回診る。
その日の体調や気分と照らし合わせる。
施術をして、もう一度脈を診る。
それを30年間繰り返してきました。
今では自然に分かることも増えてきましたが、最初からできたわけではありません。
長い間、患者さん一人ひとりの脈と体調を照らし合わせてきた積み重ねです。
そして、脈診を続ければ続けるほど感じるのは、
「日常生活が大切だ」
ということです。

健康を支えているのは毎日の生活

どれほど施術をしても、毎日の睡眠、食事、運動、そして心の状態は、その人自身の生活の中にあります。
しっかり眠る。
食事のバランスを考える。
適度に体を動かす。
ストレスをため込みすぎない。
自分が気持ちよく、元気に過ごせる生活を考える。
どれか一つだけではなく、そのバランスが大切です。
楽しく、元気に、やりがいを持って毎日を送ること。
脈を診ながら多くの方の体を見てきたからこそ、その大切さを強く感じています。

私にとっての脈診とは

私にとって脈診とは、単に脈の速さや強さを見るものではありません。
その方の今日の状態と、これまでの体と心の流れを重ね合わせ、
「今、この人の体では何が起きているのか」
「なぜ、この状態になっているのか」
「何が一番大きく関係しているのか」
「今、何を優先して整えていくのか」
を考えるための大切な手がかりです。
脈を診て、体を考える。
そして施術をした後に、もう一度確かめる。
それが、30年間続けてきた私の脈診です。
そして治療を続けながら改めて思うのは、健康を支えているのは毎日の生活だということです。
自分の体が元気で、気持ちよく過ごせる生活を、一日一日つくっていく。
私自身も含めて、お互いにそういう生活を心がけていきましょう。

※効果や感じ方は人によって異なります

update:2026年9月16日 最終更新日:2026年9月18日

症状だけではなく、その人全体を見る治療を目指して

※効果や感じ方は人によって異なります

今回は、当院が大切にしている治療の考え方と、これからどのような治療所を目指していきたいのかについて、まとめてお話ししたいと思います。

当院の特徴の一つは、中医学の「弁証論治」という考え方を取り入れていることです。

人間の体は複雑です。

腰が痛いから腰だけを見る。肩が痛いから肩だけを見る。それだけでは、その方の状態の全体像が見えてこないことがあります。

当院では、症状が出ている場所だけではなく、「なぜ今、このような状態になっているのか」「何が大きく関係しているのか」ということを考えながら、体全体を見ていくことを大切にしています。

中医学の「弁証論治」とは

中医学では、体質や現在の身体状態、生活習慣、食事、睡眠、精神状態など、さまざまな情報を総合的に整理して、その方の状態を捉えることを「弁証」といいます。

そして、その弁証に基づいて治療方針を考えることを「論治」といいます。

簡単にいえば、「一人ひとりの状態を総合的に見て、その方に合わせて施術方法を考える」ということです。

映画の「あらすじ」のように体の流れを見る

私はこれを、映画を見るときの「あらすじ」に例えて説明することがあります。

映画を見る前に、あらすじや主題をある程度知っておくと、登場人物がなぜそのような行動をするのか、一つの出来事が次にどうつながっていくのかを理解しやすくなります。

人間の体も、それに似ていると思っています。

今出ている症状だけを見るのではなく、その方がこれまでどのような生活をしてきて、どのような経過をたどり、現在の状態になっているのか。

その流れを考えることで、何に焦点を当てて施術していくのかを整理していきます。

「地球儀を見るように」体全体を見る

私は患者さんの体を見るとき、「点や線だけではなく、地球儀を見るように立体的に見る」という感覚を大切にしています。

例えば肩こりがあったとしても、肩だけに問題があるとは限りません。

姿勢、筋肉の緊張、運動不足、睡眠不足などが関係していることもあれば、精神的な緊張が続き、無意識に肩や首へ力が入っていることもあります。

食事や胃腸の調子、呼吸、生活習慣などにも目を向けます。

原因を最初から一つに決めつけない

一つの症状に、一つの要因だけが関係しているとは限りません。

一つ、二つ、三つと、いくつかの要因が重なっていることもあります。

だからこそ、「これが原因です」と最初から一つに決めつけるのではなく、患者さんのお話を聞き、体の状態を確認しながら、何が大きく関係している可能性があるのかを一つずつ整理していきます。

患者さん自身の「気づき」も大切にする

治療で大切なのは、治療する側だけが頑張ることではないと私は考えています。

患者さん自身にも、自分の心と体の状態を知っていただくことが大切です。

  • 「最近、あまり眠れていなかった」
  • 「仕事中はずっと体に力が入っている」
  • 「気がつくと呼吸が浅くなっている」
  • 「長時間、同じ姿勢を続けている」
    • 問診をしながら生活を振り返っていくと、ご本人が初めて気づかれることがあります。

      治療する側が気づき、患者さん自身も気づく。

      そして、お互いが同じ方向を向いて、より良い状態を目指していく。

      私は、治療とは一方的に「治してもらう」だけのものではなく、患者さんと治療者が一緒になって進めていくものだと思っています。

      心が緊張すれば体も緊張する

      当院では、心と体の関係も大切にしています。

      私は、「心が緊張すれば体も緊張する。体が緊張すれば心も緊張する」と考えています。

      仕事や人間関係などで緊張が続いていると、知らないうちに肩に力が入ったり、体が硬くなったりすることがあります。

      心と体の状態を見るために「呼吸」にも目を向ける

      その状態を考えるうえで、私が特に注目しているものの一つが「呼吸」です。

      驚いたとき、怖いとき、緊張したときには、息を止めたり、呼吸が浅くなったり、吸う息に力が入ったりします。

      反対に、気持ちが落ち着いているときには、無理に力を入れなくても自然に呼吸しやすくなります。

      呼吸は、生きている間ずっと繰り返しているものです。

      だからこそ、当院では必要に応じて、これまで学んできたヨガの考え方も取り入れながら、自分の呼吸に気づくことをお伝えしています。

      呼吸を日常生活の中で見直す

      特別に長い時間を取らなくても、仕事や家事の合間などの隙間時間に、自分の呼吸を確認してみます。

      「今、息を止めていなかったかな」
      「肩に力が入っていないかな」
      「ゆっくり息を吐けているかな」

      そうした日常の小さな積み重ねも大切だと考えています。

      骨と筋肉は「夫婦のようなもの」

      もう一つ、私が治療で大切にしているのが筋肉です。

      腰や首、肩などに痛みがあると、「骨が悪いのではないか」と考える方も多いと思います。

      もちろん、骨や関節の状態を見ることは大切です。

      ただ、骨だけで人間の体を支え、動かしているわけではありません。

      骨格を筋肉が支え、関節とともに体の動きを作っています。

      私は患者さんに、「骨と筋肉は夫婦のようなものですよ」と説明することがあります。

      どちらか一方だけを見るのではなく、その関係を見ることが大切だという意味です。

      腰が痛い場合でも、腰の周囲だけではなく、お尻や脚、背中などの筋肉の状態や、体全体の動きを確認することがあります。

      長時間同じ姿勢を続けていたり、同じ場所に負担をかけ続けたり、精神的な緊張によって体に力が入り続けたりすることで、筋肉の緊張が強くなっていることもあります。

      そのため当院では、骨や関節だけに注目せず、それを支えている筋肉の状態も大切にしています。

      筋肉は畑、鍼灸は畑を耕すようなもの

      私は筋肉について、もう一つ患者さんによく使う例えがあります。

      「筋肉は畑のようなもの」という考え方です。

      畑は長い間手入れをしなければ、土が硬くなっていきます。

      筋肉も同じように、長期間の負担や生活習慣などによって緊張が続き、柔軟に動きにくくなっていることがあります。

      私は鍼灸を、その畑を少しずつ耕していくようなイメージで捉えています。

      これは鍼灸の医学的な作用そのものを表しているのではなく、私が患者さんに施術の考え方を説明するときの例えです。

      一度にすべてを変えようとするのではなく、今の筋肉や体の状態を確認し、その方に合わせて必要なところに働きかけていく。

      鍼灸を、筋肉の緊張をゆるめ、体を整えていくための方法の一つとして活用しています。

      症状だけではなく、その人全体を見る

      当院がこれからも大切にしていきたいのは、「症状だけではなく、その人全体を見る」ということです。

      筋肉、関節、骨格、姿勢といった体の状態だけではありません。

      睡眠、食事、運動、呼吸、生活習慣、精神的な緊張や感情の動きなど、その方に必要なことを総合的に考えます。

      そして、中医学の弁証論治を軸に、鍼灸、体の構造、これまで学んできた心理学やヨガなどの考え方も必要に応じて取り入れていきます。

      もちろん、すべての症状を鍼灸だけで考えるものではありません。

      症状によっては医療機関での検査や診察、治療が必要な場合があります。そのような場合には、適切に医療機関へ相談することも大切です。

      治療を「健康を考えるきっかけ」に

      私は、治療所は症状に対して施術をするだけの場所ではないと思っています。

      治療をきっかけに、自分自身の心と体を知っていただきたい。

      そして、

      「自分はどういうときに調子を崩しやすいのか」
      「どういう生活をすると体の調子がいいのか」
      「これから健康に過ごすために何を大切にすればいいのか」

      そうしたことに気づいていただく場所でもありたいと思っています。

      症状のある場所だけを見るのではなく、一人の人間として見る。

      何が大きく関係しているのかを一緒に考える。

      患者さん自身にも自分の体を知っていただき、治療者と患者さんが同じ方向を向いて、心と体のより良い状態を目指していく。

      これからも中医学の弁証論治を大切にしながら、一人ひとりの患者さんとしっかり向き合える治療所を目指していきたいと思っています。

      ※効果や感じ方は人によって異なります