
私が脈診で見ている体と心の状態
私は施術をする時
、脈診をとても大切にしています。
脈を診るというと、単に「脈が速い」「遅い」「強い」「弱い」といったことを見るものだと思われるかもしれません。
しかし、私が脈診で見ているのはそれだけではありません。
まず今日、その方の体がどのような状態なのかを見る。
そして、これまでどのような生活を送り、何が体に影響し、現在の状態までどのように変化してきたのか。
その流れまで含めて考えていきます。
脈診では何を見ているのか

脈診では、両方の手首に人差し指、中指、薬指の3本の指を当てて、脈の状態、いわゆる「脈状」を確認します。
脈の強さ、速さ、リズム、指を押し上げる力、しなやかさなどを見ながら、まず現在の体の状態を考えていきます。
ただし、脈診だけで病気や内臓の状態を医学的に診断するわけではありません。
問診や舌診、現在の症状や体調なども合わせながら、その方の状態を総合的に見ていきます。
舌診で「今」を見て、脈診で「流れ」を見る
私は、舌診はその日の状態、つまり「今」を比較的反映しやすいものだと考えています。
一方、脈診では、その日の体調だけではなく、ここ数か月という少し長い時間の中で、体や心がどのように変化してきたのかを見ることがあります。
今の状態を見る時には、舌診と脈診を合わせる。
そして、これまでの体の流れを見る時には、私は特に脈を大切にしています。
まず「その人なりの脈」を知る

中医学では、健康な状態の一つの目安となる脈を「平脈(へいみゃく)」といいます。
一定の圧があり、一定のリズムで打ち、指を押し上げる力があり、それでいてしなやかさがある。
そうした脈を一つの理想として考えます。
しかし実際には、誰もがいつも教科書どおりの平脈ではありません。
少し強い方もいれば、弱い方もいます。
脈が少し速い方もいれば、ゆっくりしている方もいます。
表面では強く感じても、少し押すと弱くなる方もいますし、さらに深く押すと脈が感じにくくなる方もいます。
ですから大切なのは、「その人なりの脈」を知ることです。
この方は、このぐらいの脈の時に体調がよい。
この程度なら普通に生活できている。
少しこの範囲から外れると、しんどさが出てくる。
一人ひとりに、そうした幅があります。
私は毎回脈を診て、その時の体調や気分、生活状態と照らし合わせています。
それを何度も繰り返すことで、
「この人は普段こういう脈だな」
「今日はいつもと少し違うな」
ということが分かるようになってきます。
「いつもと違う」を感じ取る
長年同じ方の脈を診ていると、手首に指を当てた時に、
「今日はいつもと違うな」
と感じることがあります。
私は、この最初の感覚をとても大切にしています。
通常は比較的短い時間で全体の状態を捉えますが、何か違和感があれば、さらに時間をかけて慎重に確認します。
もちろん、脈診だけで病気や緊急性を判断するものではありません。
明らかに体調がおかしい場合や、医療機関での確認が必要と思われる症状がある場合には、脈だけで判断せず、適切な医療機関への相談が必要になります。
現在の状態に至るまでの「経過」を考える
脈を診た後、問診や舌診なども合わせて、中医学でいう「証」を考えていきます。
現在の症状だけを見るのではありません。
なぜ今、この状態になっているのか。
そこに至るまでに、どのような経過があったのか。
何が大きく関係しているのか。
それを考えます。
例えば、
睡眠不足
食生活の乱れ
過労
長く続くストレス
激しい感情の起伏
精神的な緊張
などです。
一つだけが原因とは限りません。
ストレスがあり、その上に食生活の乱れが重なっていることもあります。
睡眠不足が続き、さらに過労が加わっていることもあります。
いくつもの要因が重なりながら、現在の状態になっていることがあります。
「実証」と「虚証」を見る
中医学では、体の状態を見る時に「実」と「虚」という考え方があります。
体に力があり、体の中で強く反応が出ているような状態では、脈にも力を感じることがあります。
指を押し上げる力が強く感じられることもあります。
一方、長く消耗が続き、体に必要なものが不足していると考えられる状態では、脈を押し上げる力が弱くなることがあります。
最初は強い脈だった方でも、ストレスや過労などが長期間続き、体が消耗してくると、だんだん脈が弱く変化してくることがあります。
そこで、
気が不足しているのか。
血が不足しているのか。
精が不足しているのか。
その方の状態を総合的に考えます。
脈が強い時と、弱くなってきた時では、施術の考え方も変わります。
食生活と中医学でいう「湿」

私が日々脈を診ていて、非常に多いと感じるものの一つが、中医学でいう「湿」です。
中医学の湿は、単純に「体の中に水が多い」という意味だけではありません。
食事、生活習慣、運動、ストレスなどが関係し、体の中の水分の巡りがうまくいかず、停滞していると捉えることがあります。
私はこの状態を、川とため池に例えて説明することがあります。
川の水と体の巡り
川の水は、流れているからきれいに保たれます。
体の中も同じように、血や水分などが滞りなく巡っている状態が大切だと中医学では考えます。
ところが流れが悪くなると、川がため池のようになります。
最初は少し流れが悪いだけでも、長く停滞すると、だんだん底に沈殿物がたまっていく。
水も濁って、底が見えなくなっていきます。
体の中でも同じように、巡りが滞っている状態が続くと、
「何となく体が重い」
「妙にだるい」
「特に病気と言われていないけれど、何となくしんどい」
といった状態として現れることがあると私は考えています。
湿が長く続いた時に考える「痰飲」
湿がさらに長く停滞すると、中医学では「痰飲(たんいん)」という状態として捉えることがあります。
私はこれを、ため池の底に少しずつ粘りのあるものがたまっていくようなイメージで考えています。
ただし、こうした「湿」や「痰飲」は中医学独自の概念です。
現代医学における血液検査や体液検査と同じものではありません。
水分は「多い・少ない」だけではない
水分というと、
「たくさん飲めば健康によい」
と考える方もおられます。
しかし私は、単純に量だけを見るのではなく、その方の体の中で水分がきちんと巡り、汗や尿、便などとして適切に排出されているかを見ることが大切だと考えています。
もちろん、高齢の方や脱水の危険がある方、食事や水分摂取量が不足している方などでは、適切な水分補給が非常に重要です。
一方で、中医学的に見ると、水分を取っていても、うまく巡らず停滞していると考える方もいます。
だから、
「水をどれだけ飲んだか」
だけではなく、
「体の中でどう巡っているのか」
を見ることも大切です。
水分の取り方は、年齢、体格、運動量、発汗量、気温、持病、服薬状況などによっても変わります。
一律に水分を減らしたり増やしたりするのではなく、その方の状態に合わせることが大切だと思います。
ストレスでも体の中の巡りは変わる

水分の停滞は、飲み方だけで起こると私は考えているわけではありません。
精神的なストレスが長く続いた時にも、中医学では気の巡りが滞り、それに伴って水や血の巡りにも影響が出ると考えます。
ですから、
「水分を取りすぎたから湿になった」
と単純に決めることはできません。
食事、運動、睡眠、ストレス、体質などを合わせて見ていく必要があります。
ストレスが強い時に現れる「弦脈」
精神的な緊張が強い時、脈が弦のように張って感じられることがあります。
中医学ではこれを「弦脈(げんみゃく)」といいます。
ギターの弦を上から触った時のように、一本の線が強く張っているように感じる脈です。
ストレスが強く、まだ体に力がある時には、この弦脈が強く現れることがあります。
しかし、その状態が長く続いて体が消耗すると、今度は脈が弱くなっていくことがあります。
同じストレスでも、初期と長期間続いた後とでは、脈の現れ方が変わってくることがあるのです。
「汚血」と体の巡り
血の巡りについても見ます。
脈が滑らかではなく、大小が不揃いに感じられたり、引っかかるような感覚があったりする時には、中医学的に血の巡りの状態を考えます。
当院では、こうした血の停滞を「汚血」と表現しています。
ただし、これは現代医学で血液そのものが「汚れている」と診断しているわけではありません。
あくまで中医学の考え方として、気や血の巡りが滞っている状態を捉えています。
食事の影響なのか。
精神的なストレスなのか。
運動不足なのか。
睡眠不足なのか。
その人の生活全体を見ながら考えます。
中医学では「気」と「血」は関係している
中医学では、「気」と「血」は密接に関係していると考えます。
気が巡れば、血も巡りやすくなる。
反対に、気が滞れば、血の巡りにも影響すると考えます。
穏やかな気持ちで、楽しく物事に取り組んでいる時は、体も比較的のびやかです。
反対に、嫌なことを我慢し続けたり、強い緊張が続いたり、怒りや不安を長期間抱え続けたりすると、体まで緊張してくることがあります。
私は長く脈を診ていて、精神状態と体の状態は決して別々ではないと感じています。
もちろん、手足が冷えるといった一つの状態を見ても、精神的なことだけが関係しているわけではありません。
食事、睡眠、運動、体質など、さまざまな要因が関係します。
だから、一つだけで決めないことが大切なのです。
心の状態も体に影響している

人は一日の中で、ほとんど何かを考え、何かを感じています。
楽しい。
うれしい。
腹が立つ。
不安だ。
嫌だ。
つらい。
心で感じていることは、そのたびに体にも影響を与えていると私は考えています。
だから私は、嫌なことがあった時には、それだけを一日中考え続けるのではなく、楽しいことを考えたり、気分を切り替えたり、自分なりに心のバランスを取ることが大切だと思っています。
心をいつも完全に平穏に保つことは難しいでしょう。
しかし、自分が何を考え、どう感じているのかに気づき、できるだけ心の中のバランスを取り戻していく。
それも健康を保つためには大切なことだと思います。
睡眠は体を立て直す大切な時間

そして、もう一つ非常に大切なのが睡眠です。
人は一日動けば、体も頭も疲れます。
筋肉も使います。
胃腸も働きます。
脳も一日中さまざまな情報を処理しています。
眠っている時間は、体と脳を休ませ、翌日に向けて状態を整えるための大切な時間です。
睡眠時間だけでなく、しっかり眠れているかどうかも大切です。
ストレスや緊張が強い方では、布団に入っても頭や体の緊張が抜けず、夜中に何度も目を覚ますことがあります。
「寝ている時間は長いのに、朝になっても疲れが取れない」
という方もいます。
私は、こうした睡眠の状態も問診で確認し、脈や舌などと合わせながらその方の状態を考えます。
睡眠・食事・ストレスは別々ではない
睡眠が不足すれば体は疲れます。
ストレスが強ければ眠りに影響することがあります。
食生活が乱れれば、体調にも影響します。
運動不足で体を動かさなければ、体の巡りにも影響することがあります。
すべては別々ではありません。
睡眠だけを見るのでもない。
食事だけを見るのでもない。
ストレスだけを見るのでもない。
それぞれが影響し合っています。
だから私は、脈を診ながら、その人の生活全体を考えます。
脈から施術の方向を考える

脈を診て、その方の状態がある程度見えてきたら、問診や舌診なども合わせて、施術の方向を考えます。
ストレスによる気の滞りが強いのか。
湿が大きく関係しているのか。
虚の状態が強いのか。
血の巡りを考える必要があるのか。
一つだけではなく、いくつもの状態が重なっていることもあります。
その方の体質や季節、その日の体調、精神的な緊張なども考えながら、
「今日は何を一番優先するのか」
を決めていきます。
腰痛だから腰だけ、肩こりだから肩だけではない
腰痛だから腰だけに鍼をする。
肩こりだから肩だけを見る。
私はそういう考え方ではありません。
症状が出ているところはもちろん大切です。
しかし、その症状がなぜ出ているのか。
その背景に何があるのか。
そこを見ることを私は大切にしています。
脈を診て、鍼をして、もう一度脈を診る
私の中では、施術をする前に一つの「筋書き」のようなものができます。
なぜ今この状態になっているのか。
何が大きく影響しているのか。
どこから整えていく必要があるのか。
映画でいうと、あらすじが頭の中に入って、
「今回の主題はここだ」
と焦点が定まるような感じです。
そして、その考えに基づいて鍼をします。
施術後には、もう一度脈を診ます。
自分が考えた方向に脈が変化しているかを確認します。
脈を診る。
状態を考える。
鍼をする。
もう一度脈を診る。
ここまでが、私にとって一つの施術の流れです。
今の体の状態が分からないまま、症状のある場所にだけ鍼をするということは、私はしたくありません。
まず、その人が今日どのような状態なのかを知る。
その上で施術をする。
それが私にとって脈診を行う大きな意味です。
30年間、脈を診続けて分かってきたこと

一人ひとりの脈を毎回診る。
その日の体調や気分と照らし合わせる。
施術をして、もう一度脈を診る。
それを30年間繰り返してきました。
今では自然に分かることも増えてきましたが、最初からできたわけではありません。
長い間、患者さん一人ひとりの脈と体調を照らし合わせてきた積み重ねです。
そして、脈診を続ければ続けるほど感じるのは、
「日常生活が大切だ」
ということです。
健康を支えているのは毎日の生活
どれほど施術をしても、毎日の睡眠、食事、運動、そして心の状態は、その人自身の生活の中にあります。
しっかり眠る。
食事のバランスを考える。
適度に体を動かす。
ストレスをため込みすぎない。
自分が気持ちよく、元気に過ごせる生活を考える。
どれか一つだけではなく、そのバランスが大切です。
楽しく、元気に、やりがいを持って毎日を送ること。
脈を診ながら多くの方の体を見てきたからこそ、その大切さを強く感じています。
私にとっての脈診とは
私にとって脈診とは、単に脈の速さや強さを見るものではありません。
その方の今日の状態と、これまでの体と心の流れを重ね合わせ、
「今、この人の体では何が起きているのか」
「なぜ、この状態になっているのか」
「何が一番大きく関係しているのか」
「今、何を優先して整えていくのか」
を考えるための大切な手がかりです。
脈を診て、体を考える。
そして施術をした後に、もう一度確かめる。
それが、30年間続けてきた私の脈診です。
そして治療を続けながら改めて思うのは、健康を支えているのは毎日の生活だということです。
自分の体が元気で、気持ちよく過ごせる生活を、一日一日つくっていく。
私自身も含めて、お互いにそういう生活を心がけていきましょう。
※効果や感じ方は人によって異なります













