これからの鍼治療が担う役割と可能性

2014年5月執筆
大阪大学文学研究科(東洋史学)教授
荒川正晴

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 私は大阪大学文学研究科で東洋の歴史を専攻する教員であるが、今回、縁あって原田鍼灸整骨院で鍼治療を受けることになり、これまで4ヶ月余りが経過した。西洋医学が偏重されるなか、医療行為としての鍼治療の有用性について、ようやく日本においても遅まきながら認識されつつあるものの、十分にこの認識が広まっていないのも事実であろう。この間、私が鍼治療を受けてきて、東洋学の研究にたずさわるものとして痛切に感じる所があり、ここに敢えて投稿させて頂くことにした。一大学教員の雑感としてお読み頂ければ幸いである。

1.現今の日本における鍼灸に対するイメージ

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 最近、万病に効くとようやく評価され始めている鍼灸治療ではあるが、一般にはまだまだネガティブなイメージの方が勝っている。ただ、それは「痛い」「怖い」「怪しい」などなど、いずれも根拠のない印象でしかない。肩こり・腰痛などに悩まされている同僚の教員たちに私が鍼治療を勧めても、「鍼を刺すとき痛そうで怖い」などと反応する始末である。統計をとったことはないが、日本における鍼に対する一般のイメージは、残念ながらこんなものであろう。実は、かく言う私も治療をうけるまでは、こうしたイメージを共有していたのである。それが、治療を受けてみて、鍼治療に対する見方・考え方が根本的に転換した。鍼に対する偏見を放置しておくことは、東洋学の研究に従事するものとして恥ずかしい姿勢であると痛感すると同時に、医療行為としての鍼治療がもつ今後の可能性について、門外漢ながらも何とか伝えられないかという思いを強くしている。

2.鍼治療の効果と中医学

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 私が鍼治療を始めたきっかけが、五十肩とぎっくり腰を併発したことに因ったように、他の治療と同様に、何らかの疾患・疾病を発症してはじめて鍼治療を始める場合がほとんどである。もちろん、それは西洋医学のような対症療法ではなく、症状の原因そのものを制御する治療法と評価されてはいる。

 ただ私が、五十肩や腰痛が完治し、その後も鍼治療を続けるなかで理解したのは、鍼を用いた治療は、病気になりにくい心身の健康増進を図るための治療であった。大事なのは、身体とともに心の安定とバランスを目指すものであることである。
とりわけ私のように年齢的にはほぼ還暦を迎え、これから老人となってゆくものにとっては、心身ともに健康を維持してゆくことは何よりも大切になる。もちろん、そのための方策として、食事・服薬・運動などいろいろな方法が考えられよう。ただ私はそのなかでも、鍼治療は心身の健康を維持するためにきわめて有効であると感じている。それは、治療開始後4ヶ月ほどで明らかに心身の変化を実感しているからである。これまでは、何をするにしてもすぐに疲れて集中力が減退していたのが、それが疲れにくくなり集中力も高まっている。また数値で確認できるもので示せば、基礎代謝の数値が大きく高まっており、その結果として肥満気味であった体重が大きく減った。これと並行してBMI(標準体重)・体脂肪率・内臓脂肪の数値なども大きく改善されており、そのために体調が頗るよくなっている。

 また、お腹(おそらく丹田と言われる所)あたりに気が充満している感覚があり、仕事で嫌に思うことでも何でも、前向きに取り組むことができるようになった。気力が充実している証拠であろう。このことは、とくに心を健康で安定した状態に保つために、きわめて大切なことでもある。

 これから日本が迎える高齢化社会への移行と、高齢化にともなう医療負担による財政の逼迫状況をみるとき、免疫力を高める治療は何よりも重要なことになるが、その際に鍼治療はその大きな柱の一つになり得ると確信する。

 また鍼治療は、大きなくくりで捉えれば、中医学の治療の一つである。中医学は、人の持つ生命力を重視し、病気として表面に現れる前にバランスを整えて予防することを目的としており、これからはこの中医学を取り込むことが肝要となる。中医学で治療にあたるものは、患者の脈や舌など身体全体を注意深く観察し、そのうえで鍼灸や生薬の配合などなど、効果的な治療法を見つけ出す。つまり、鍼灸を用いた治療法を施す場合、それは鍼を打つことが有効に作用するからであり、本来その治療法の選択には、中医学全体に対する深い知識を備えていることが必須なのである。中医学の確かな裏付けを有する鍼の治療ができるかどうか、そこが一番に重要となる。

3.東洋医学の思想

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 21世紀になって、少しずつ東洋医学に対する偏見が薄まってきた感はあるが、総じて見るとなお強固な蔑視観が残っている。それは明治期以来の西洋医学をはじめとする西洋の科学文明・技術への盲信に由来するものである。もちろん西洋の科学研究の長所は積極的に認めるものであるが、何でも西洋が優れていると見なす西洋中心観とは、そろそろ卒業するべきではないか。私が専門としている歴史でも、世界史を西洋中心史観で解釈する見方は既に時代にそぐわないものとなっている。

そもそも東洋では、中医学だけでなく、インドのアーユルヴェーダなどの伝統医学も免疫力を高める考え方を持っている。とくに興味深いのは、中国の「気」の概念に通じるプラーナという考え方や鍼を用いた治療のことなどが、アーユルヴェーダ文献うち最古の一つとされる『チャラカ・サンヒター』をはじめとするインドの古典医学書に記されていることである。

インドに中国の鍼灸のような治療法が古来、確立されていたかどうか、その議論は別にするとして、いずれにしても東洋を代表する二大医学がともに西洋医学とは異なり、人間の心身を総合的に捉え、未然にふさぐという精神に立脚しているのである。既に紀元前に成立していた、こうした東洋の叡智が、その後も脈々と受け継がれてきて今日に至っている。この人類の至宝とも言うべき東洋の医療の知恵を活かす努力をすることが、21世紀を生きる我々の義務であろう。ただし、それは西洋の科学を拒否するのではなく、それを包含したうえで総合的な治療法を目指す必要がある。

4.これからの鍼治療が担う役割と可能性

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 原田鍼灸整骨院で日々行われている治療は、先に挙げたこれから目指すべき治療法を先取りして実践しているところがある。原田先生は鍼灸の本場である中国の大学から客員教授として招へいされるほどの方で、鍼治療をその治療の根幹に据えている。ただ同時に先生は、中医学を本格的に学ばれ、さらには長年、近代科学の一分野としての心理学を修得し、カウンセラーとしての役割も担える力量を併せもつ。

心の有り様が身体に与える甚大な影響を重視していることを明示していよう。
そして重要なのは、これら多様な治療法の基底には、心身を鍛練する多くの修養法・修行法に取り入れられているヨガyoga(瑜伽)があることである。ただし、これは形(ポーズ)を重視しその思想性を軽視している感のある、一般によく見かけるようなヨガでは決してない。

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原田先生が実践しているヨガは、ヨガ本来がもつ思想をもとに、沖正弘師が独自に創始されたいわゆる沖ヨガである。それは、東西のあらゆる宗教や思想を統合化する壮大な哲学と言えるものであり、人間の心と身体とは何かを最も深いレベルで教えてくれる。原田先生の治療が、鍼灸とともに中医学や心理学といったまったくディシプリンの異なる東西の学問に依りながら、心身の状態を統一的に把握できるのも、この沖ヨガの哲学がその根底に脈々と流れているからであろう。だからこそ、鍼治療を中心にしつつ、どんな疾患にも臨機応変に自在に対応することができ、身体だけでなく心をも癒やしてくれる治療ができるのである。革新的かつ総合的な治療法であり、私はこの4ヶ月、それを体験してきた。

また先生の治療を根底で支える沖ヨガを体験できる場も作られており、私はその実践を通じて心身をリフレッシュさせるとともに、先生の治療法を理解し、共感をもって治療を進めることができている。

 今、時代は西洋がもたらした近代科学の限界を越え、どの分野もその先を模索している。それは、どこまでも分析的な叡智を追究し、ますます専門分化してゆく近代科学を乗り越え、ものごとを総合的に把握してゆく理路が求められていることを意味している。そのため東洋の思想や考え方が注目を浴びてくるのは当然のことであり、それは人間の心身を健康に保つための学問である医学についても同様である。

中医学の深い知識に裏付けられた鍼治療は、心のバランス維持に向けたケアを併せ行うことにより、心身の健康維持のための治療としてきわめて有用なものである。そして何より大事なのは、個々に異なる心身の状況を全体として把握し、それに応じて治療法を調整することができることである。これからの予防治療として鍼治療は、高齢化社会に移行する時代が要請するものとして、大きな可能性を秘めた治療法なのである。

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